31st July 2006, 01:18 am
若い頃はこだわっていた。見るもの聞くもの、片っ端からこだわっていたように思う。
自分が若いと思えなくなった頃から、どんなにこだわりを持ってがんばっても、周囲によい影響も悪い影響も及ぼさないことがほとんどだと思うようになった。それは真実なのだと、今でも信じている。しかし、こだわりをあきらめる自分が自分の中で大きくなるにつれ、自分がとても鈍感になっているような気がする。
最近、英語の勉強を始めた。苦手なリスニングを勉強している。 リスニング力を高める方法を調べた。自分で発音できない音は聞き取ることもできないそうだ。
自分を表現する能力と他人の表現を感じ取る能力は不可分なのかもしれない。とても損した気分だ。
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24th July 2006, 01:28 am
横浜の赤レンガ倉庫によさげなビアガーデンができたとの話を聞いたので、 ランドマークの本屋に行くついでに見てきた。いきなり本題からそれるが、この話を友人にしたところ、”君はトレンディ野郎か!?”といわれた。悔しいが、否定できない。
横浜赤レンガ倉庫
印象は、悪くないがそれほど良くもない。
これからの季節、都内では、神宮など野外のビアガーデンがたくさん出てくる。都内のビアガーデンの多くが森の中にあるために虫に悩まされる一方で、赤レンガ倉庫のビアガーデンは海辺にあるので虫はいない。私は、飲んでいる最中に虫に邪魔されると、とてもいらいらする。虫がいない野外のビアガーデンは、個人的に、ポイント高い。
しかし、狭い。大勢で行けるとこではない。5~6人くらいのグループが10個も入ると一杯になりそうな程度の広さしかない。
プラネタリウムが売りのひとつらしいが。。。確かにあったけれど。。。周囲の赤レンガ倉庫のライトアップが美しすぎるために(夜、赤レンガ倉庫に行ったのは初めて)、”ほらこれがプラネタリウムだよ”と強調されないと、危うくその存在に気づけないほど影が薄いプラネタリウムだった。 同じプラネタリウムでも、都内にあったら、ありがたみを感じられたかもしれない。
赤レンガ倉庫のライトアップの美しさを十分に活用できていない。ビアガーデン自体の見栄えが周囲の赤レンガ倉庫のライトアップの美しさに負けている。また、ビアガーデンの中から周囲の赤レンガ倉庫のライトアップがよく見えるわけでもない。
何らかの理由でビアガーデンに屋根を作らざるを得ず、その結果、場所の狭さがどうしようなく大きな制約になり、赤レンガ倉庫のライトアップの美しさを十分に活用できなくなってしまったのではないか?
素人の勝手な意見を言わせていただくなら、屋根など設けず、赤レンガ倉庫の間の広いスペース一杯に席を置き、しかも個々の席の群に赤レンガ倉庫のライトアップの色に合わせた色のライトをつけたりすることができたなら、非日常の空間を演出できかつ、その演出を多くのお客さんに提供できて、よかっただろうにと思った。
このような理由から、都内からわざわざ来る価値があるかと聞かれれば、そこまではないのではないか?というのが正直な印象。赤レンガ倉庫のライトアップを見るついでに飲む場所としてはよいかもしれない。
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21st July 2006, 12:30 am
前職の同僚に会った。3年ぶりくらいの再会だ。
開口一番。太りましたねぇ。
のってるかい?のってるぜ。
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12th July 2006, 01:26 am
塗る男に会った。彼は南北線に乗っていた。そして、マジックのようなもので塗られていた。
塗る男に会ったことがないという人は多い。しかし、彼らは気づいていないだけだ。実際、私は塗る男によく出会う。半年くらい前に山手線で出会ったし、数年前に京浜東北線で出会ったこともある。
塗る男がなぜ生まれるのか?地肌が目立ち始めたときに、違和感を感じつつも、彼らは塗ってしまったのだ。その後も、どんどんぬってしまった。そのうち、初期の違和感は薄れ、彼らは塗る男になったに違いない。
塗ること自体たいした問題ではない。”僕は塗るのだ”というのと、”僕は人前でも帽子を被るのだ”というのに大きな違いはない、と私は思う。しかし、私は塗りたくない。私は人前で帽子を被るのが好きではないのだ。
私の友人たちにお願いがある。人の心はうつろいやすい。もし、将来、私が塗り始めるようなことがあったら、勇気を出して、私に注意をしてほしい。自然に逆らうなと。切なる願いだ。
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2nd July 2006, 01:21 am
Fくんはカナダ人のエンジニア。日本人女性と結婚して、最近、カナダから日本に越してきたばかり。彼の日本語の能力は、日々伸びているものの、まだそれほど高くない。
そんな彼に、 ある新しいサービスの名称が欧米人にも有効かどうか?について相談しているとき、なぜ日産は北米でフェアレディZを別の名前で売っているのか?という話になった。
彼によると、欧米人はフェアレディZのようなスポーツカーに強いイメージを期待するが、”フェアレディ”という言葉に欧米人は強いイメージを持たないらしい。
”フェアレディ”という名前が欧米人に与える印象についても、彼はいろんな言葉で私に伝えようとしてくれたが、私はいまひとつ理解できないままその会話は終わった。
その話の後、10分くらいしてから、Fくんが私の座席までやってきて、発した言葉が”たまちゃん”。彼によると、”フェアレディ”という名前が欧米人に与える印象は、”たまちゃん”という名前が日本人に与える印象に近いらしい。
彼は、彼が持つまだそれほど多くない日本語の言葉を駆使して”フェアレディ”という名前が欧米人に与える印象を私に伝えてくれようとしてくれたのだ。
そんな優しくて創造的で面白いFくんと一緒に仕事ができることを、私は幸せだと思う。
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